神父さまのお話

百瀬 文晃 神父

 

リントホルスト神父の遺志を(教会だより 2017年9月号)


 リントホルスト神父さまが8月14日、聖母被昇天の祝日の前日に、東京のロヨラハウスで帰天なさいました。7月7日七夕の日がお誕生日なので、皆おぼえていて、「今日はリント神父さまのお誕生日、97歳におなりだね」、と話しあっていました。しかし、いつも夏に弱い神父さまは、今年の異常な猛暑はことのほか厳しかったに違いありません。一月前から何も口にされず、ただ点滴だけで栄養を取っておられましたが、少しずつ弱ってこられ、その日のお昼すぎ、介護の方々に看取られて、静かに亡くなったと聞いています。
 神父さまは1920年にオランダでお生まれになり、19歳でイエズス会に入り、31歳で司祭に叙階され、33歳で宣教師として日本に派遣されてこられました。日本での生活の64年間、すべて広島教区の教会で宣教と司牧に尽くされました。その中でも細江教会では、1970年から1981年まで主任司祭と幼稚園園長を勤められ、1999年から2014年までは協力司祭としてお働きになり、合わせて26年を過ごされました。多くの方々が神父さまと出会い、懐かしい思い出をお持ちのことと思います。
 若い頃は自転車やバイクで家庭訪問され、祈りや聖書の勉強会を指導なさっていた神父さまも、90歳を越えると少しずつ弱ってこられ、3年前、「神さまは、教会の仕事はもう十分とおっしゃってているような気がします」と言われました。細江教会での送別会のあと、皆に見送られて東京にいらっしゃったものの、東京には知る人も少なく、ロヨラハウスで過ごされた3年間は、お寂しかったようです。それでも、細江の皆さんからの便りを大切に枕元におき、たまにお見舞いにいく人がいるととても喜んでくださり、細江教会の近況には懐かしそうに耳を傾けておられました。地区での長い間の働きだけでなく、病床の最後の日々にも、祈りと犠牲を地区の教会のために捧げてくださいました。
東京の聖イグナチオ教会で行われた葬儀には、私は細江教会を代表して参列しました。斎場で遺骨を胸にいだきながら、少しでもリントホルスト神父さまの生き方にならって、宣教と司牧のために自分にできることを尽くしたい、と思いました。9月2日(土)、山口島根地区の追悼ミサが細江教会で行われますが、神父さまが私たちに与えられたことを、皆で感謝しましょう。そして、神父さまの遺志を継いで、信仰の共同体として成長し、それぞれの家庭と地域の社会に福音をもたらすために、自分に残されている力と機会を使いましょう。